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「列島巡礼第2回 長良川の旅」参加者のお便り

郡上市、舟渡屋にて
郡上市、舟渡屋にて(月暦戊子七月十七日、2008.8.17.)

槇山 純恵さん(東京都練馬区在住)の印象記
お月様に乾杯!

いつも太陽と一緒にいるような友人に誘われて「月の会」の二つの行事に参加した。

その会に集まってきたメンバーの個性の豊かなこと。俳人あり、書道家あり、カメラマンあり、料理教室経営者あり、会社員あり、社長あり、僧侶あり、運転手さんあり、翻訳家あり……共通しているのは月に興味関心があることなのでしょう。

きれいな月を眺めて癒されたい人は、後を芸術家に託すればいいし、月の満ち欠け・軌道・周期等科学的な事を知りたい方は、後を学者に託すればいい。ここに集まった人達は月の満ち欠けのリズムを自分の生活に何らかの形で取り込もうと試みている、そのこだわり方が面白い。

かっての日本人はすべて月暦を使用していた。そこから生まれた日本文化を見直すことがこだわりにも繋がっていく。

美濃市・郡上市八幡・石川県津幡町と行く先々で城下町のことを熱く語って下さるヴォランティアの方々・月蝕を見に深夜3時15分に集まってくる人々・樹齢数百年の杉木立の中、ひっそりとたたずむ白山中居神社の前で思わず手を合わせる人々・円空仏に見とれる人の横顔・火牛の倶利伽藍古戦場を誇らしげに案内してくれる人びと・広々とした干拓地にハーブ園を開いたオーナー……

東京に帰ってから、これと言った取り柄も無い私が、様々な人と出会えた事に感謝しながら六日月に向かって乾杯した。


木下友真さん(高野山真言宗 教学課)の印象記
郡上八幡は、以前から行ってみたい所であった。「長良川の旅」の案内をいただき、一日遅れとなるが、是非参加したいと思った。
岡山に帰省し、十五日の夜、先祖を送った後、十六日午前三時に、母と実家を出発した。満月前日の月に導かれながらの、道中であった。

美濃市に到着し、参加の方々と合流。バスで移動し、郡上八幡へ入った。

盆踊りに参加し、踊りを見ながら詩の歌詞を聴いていた。「四十九日が過ぎ、亡くなった魂が召される」という歌詞に、宗教性を感じた。踊りそのものが、先祖の供養と五穀豊穣の祈りを捧げるものだと思った。

十七日早朝、月蝕を観に出発し、車中からの満月に思わず息を呑んだ。月に導かれながら、車中で瞑想をした。観測ポイントに到着した時に月が雲に隠れたが、ひとりで座禅を組み月輪観の瞑想を行った。しばらく瞑想を続け東の空が白みを帯びて夜から朝へ変わるのを感じた。

宗教的に考えると新しい命の誕生の瞬間だと感じた。

白山神社へ参拝し山岳宗教と密教の神仏混合を身体で感じた。

帰路につき、高野山道路から偶然にも高野山大門の横に浮かぶ月を観た。志賀先生の「人は月に生かされている」の言葉を思い出した。

月に見守られ生かされた、「長良川の旅」であった。

時間が空いたときに、信仰について考えるようになった。山・川・太陽・風・月。密教では「地・水・火・風・空」の五大といい、すべてのものを構成する元素(自然)に帰依することが信仰の原点であり、人間が猿人だったころにはすでにシャーマン的な存在があり、自然を感じ祈祷(祈り)をはじめていたのではないかと思う。

祈りこそ密教の原点であり、瞑想し自然を感じる(一体になる)ことこそ、信仰そのものではないかと考える。

白山信仰は、大いなる密教そのものだと私は感じた。

先生の研究と私たち宗教の世界はおおいにリンクしています。2004年に実施した「月の高野山」のような企画を再度実現できたらと考えております。 

ありがとうございました。


谷崎 信治さん(〈月〉の会・長良川会員)の印象記
月の川を下る想い

早朝東京を発ち、岐阜城を仰ぐ川湊の町を起点に、長良川を遡る。月を導き手に、美濃のうだつの町並み、中州の大石をまつる社、円空仏、盆の郡上踊り、唐黍実る石徹白(いとしろ)の里、杉の巨木に囲まれた神社、神仏混合を色濃く残す若家家と、広域で豊饒な白山信仰の文化を辿る旅でもありました。

さまざまな心地良い音。河原の人と流れのさざめき、大小の川や水路の水音、水琴窟、和紙を漉く音、ローカル線の鉄路の響き、紙を切り継ぐはさみの音、踊り囃子と若い掛け声、それと供に、地域の伝統や自然と関わって生きてこられた人たちの、和らぐ笑顔や温かいかけ声が浮かびます。私事で多用なお盆休みに、快く迎えて下さり、感謝申し上げます。

思えば清らかな月の光と水とを、幾重にも浴びる旅でした。一気呵成に長良川を遡りましたが、ショパンの「舟歌」の、月の下川をくだる様に想い出しています。何度も心身が蘇り、不思議な高揚感に憑かれて、二晩の徹夜に近い行程を、なんなく乗り越えられました。それにも増して、ご一緒させて戴いた多くの皆様の御陰です。ありがとうございました。


〈月〉の会・長良川事務局 前田真哉さんの報告
〈月〉の会・長良川を立ち上げようと思ってからかれこれ一年となります。2006年の暮れに、知人の紹介で〈月〉の会・東京のイベントに参加し、それから機会あるごとに志賀先生のお話や、年中行事の勉強会に参加させていただきました。私自身、そろそろ故郷である長良川上流部の郡上にUターンしたいと考えていたこともあり、「郡上に帰ったら月の会を立ち上げたい」と話したのがきっかけのような気がします。

そのような想いをつなげていく機会として志賀先生から「来年(2008年)のお盆に郡上へ行くツアーを企画しよう」と提案を受けました。もちろんそれは、地元で月の会を立ち上げるための呼び水として応援していただくということなので、責任の重さをひしひしと受け止めざるを得ませんでした。

私自身は今年の4月には東京での仕事を辞め、Uターンして立ち上げ準備をしようと考えていたのですが、会社の都合で退職時期が延期となり、思い描いていたスケジュールがバッサリと崩れてしまい焦りましたが、5月1日に予定していた八十八夜の集いも、岐阜の仲間たちの応援で何とか開催することができましたし、そこで知り合えた人たちに声がけをして、8月のイベントの準備を進めることができました。

会の名称を「長良川」としたのも、この地域の文化を掘り下げていくときに行政の単位で地域名称とするよりも、地域の文化と自然になくてはならない流域のつながりを大切にしたかったからです。この名称には志賀先生も「水と月の関連は大切だからね」と快く了解してくれました。

今回のイベント名称に「月の長良川・水と遊び月と踊る」という素敵なキャッチコピーまでいただきました。また、月の会東京の皆さんも、一年も前から「郡上楽しみだね!必ず参加するからね」と応援いただき、こんなに多くの人たちが期待してくれるこのイベントを失敗させるわけにはいかないと内心焦りまくりましたが、何とか地域の皆さんの協力を取り付け、ほぼ予定通りの企画を取り組むことができました。

参加していただいた皆さんにはこれ以上ない程の感激と感謝をいただき、大変だったけどやってよかったなとつくづく思いました。

また、事前にはなかなか地元メンバーを募ることもできませんでしたが、さまざまな場面で協力いただいた皆さんを中心に、〈月〉の会・長良川の結成も確認いただけたので、これからはこの長良川流域でこつこつと活動を広げ地地域に根ざした月の会を実践できたらと考えています。

これからも〈月〉の会・長良川をよろしくお願いします。

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