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月と季節の暦
志賀勝から一言
(2009年4月19日)
三月の二日月
志賀勝さま、ご無沙汰しております。
今夕、期待の「三月の二日月」を観望することができました。
日が沈むと間もなく、春の月の特徴、「舟形」の細い月が、意外なほど高い空に見えました。
夕景と一緒に撮った画像(18:30)を添付しますので、ご覧ください。
舟形・月の傾きと、高い位置にある月……が分かります。

春のお天気は定まらず心配していましたが、今夕は、西空が晴れました。
それに、いくつかの好条件が重なったことも幸いしたようです。

なお、貴著:『月曼荼羅』の三月二日の記述を興味深く読みました。

本日のブログ「佐久の季節便り」にも、引用させていただきました。ありがとうございました。望遠レンズの画像も載せてあるので、よろしかったらご覧ください。
 
「佐久の季節便り」
http://d.hatena.ne.jp/yatsugatake/
2009.3.28. 依田 豊

3月28日の弥生二日月は、全国の多くの方々が見る機会に恵まれたようです。滋賀の松本さんからは、

「弥生二日、念願の二日月を観ることができました。月齢1.5、日入りと月の入りの時差約2時間、今年最も可能性があると想い期待していました。琵琶湖岸を自転車で走った後、長浜城址公園の湖岸で待つこと小一時間、日没18:14も過ぎ対岸(西岸)の今津の街の燈も瞬きはじめ、自転車での汗で寒さに震えだした18:25頃観廻していた西空に認視することができました。想ったより高い位置、そして少々北に寄っていました。思わず声をあげそうになりました……月暦は正確です……」

という、刻明なお葉書を頂戴。本当に待ち望まれている二日月! このHPで何度か登場している佐久市の依田さんからも写真を送っていただきました(冒頭の写真)。二日月のこの高さは実に意外です。

三天体の競演、ふたたび

昨年12月1日ごろの金星、木星、細い月の競演を覚えていらっしゃいますか? 夕方の西の空のことでしたが、忘れがたい夕景でした。これとは反対の空のショーをまた見ることができます。

4月21日早朝の東の空にご注目を。明けの明星と木星の間に細い逆三日月が収まり、さぞや目を奪う光景になるだろうと期待されます。4時半から5時過ぎが適当でしょうか。その後も、闇から明るみに刻々と色を変えていくグラデーションの中で、三天体を楽しむことができるでしょう。月の位置は違いますが、20日と22日早朝もよさそうです。

「月の学校」第二講も盛況

「月の学校」で語る鳥井さん
先月、今月と「月の学校」という勉強会を開きました。今月は「かな文字」の成り立ちや1900年(明治33年)の改革について書家の鳥井美知子さんのお話を伺いました。この改革においては、たとえば「あ」の字ならばもともとは安、阿、悪、愛からそれぞれのひらがなが成立していたものを、他は切り捨てて安の字一字に限定したため、それまで使われ、読まれていた豊かな書体を失ったのでした。私たちのような普通の人間は古文書を読むことがなかなかできないでいますが、その大きな原因の一つがこの「かなの喪失」だったことを教えていただいたわけです。

明治期はさまざまな良きものが失われた時代の始まりでした。1873年(明6)の暦の西暦化という、私の関わっている暦=時間の問題もまさにそう。勉強会ではブナ林の保全に関わっている会員に明治期のブナの木伐採の惨状についても話していただきましたが、「ブナは敵」という標語が公然と言われて伐られたとのことでした。

最近のメディアで耳にしたことですが、隠岐の伝統芸能の関係者が「廃仏毀釈」政策という過ちのため、寺院、祭事が損なわれた悲劇を力説していました。旭川動物園の方の話も問題意識がはっきりしていて面白いものでした。今日シカ害などに見られるように野生生物が人間の生活を脅かすまでになっていますが、それも明治期にオオカミを絶滅させた結果、と日本人の過ちを鋭く指摘していたのです。こうして、明治期に発した諸問題について多くの人びとが直視しはじめている状況ですが、それぞれがつながっている同根の連鎖なのだということが今後ますます明らかになっていくことでしょう。

第三講は場所をかえて

建築家・落合さん宅
月舞台と名付けられた落合邸のスペース
古民家の再評価とか何百年ともつ日本家屋の再発見というようなこともそのような流れの中にあります。「月の学校」には建築家の落合俊也さんも見え、次回の勉強会は落合さんの建築論を聞こうということになりました(スケジュール欄参照)。

落合さんはブログ上で「月的建築術」を展開しているので、是非アクセスしてみてください(クリック)。八王子市にある彼の居宅はガケ地に立つ西向きの家、という実にユニークな作りになっていますが、西側の広々とした視界の遠く、向こうには富士が望まれます。私が訪ねたのはもう一年半前にもなりますが、夕方になるまでお邪魔していました。昼間から夜に移り変わる空の色のグラデーションは見事なもので、藍を帯び始めた空のかなたに富士がシルエット様になっている光景は現実とは思えないほどでした。

夕日の太陽もいいだろうけれど、この富士に月を配したらさらに素晴らしさが増すだろう、という思いが募って、薄暮の三日月と富士の光景を想像したものでした。薄暮もいいが、十五夜以降の月が落ちていく薄明、逆のグラデーションの中で刻々と変わる月と富士の光景にも想像が飛んでいきました。

新月伐採の木、そして職人による日本の伝統工法を重んじて落合さんの居宅は建設されていて、まさに失われた良きものの復権が企図されています。ガケ地という立地を利用した、地球の体温を屋内に取り込んで温度管理に役立てる、という方法が採られていますが、これは太陽と地球の恵みを十二分に生かそうとするもの。その太陽は昼の領分であり、夜は月の領分。その昼と夜に、太陽と月の恩恵に、地球の呼吸、鼓動が呼応することで、私たちの環境が成り立っているはず。太陽ばかりを向いて考えられてきたこれまでの建築を越えて、「月的建築術」を彼は主張し始めていますが、どういう方向に向かってその術が展開していくか楽しみ、あるいは日本の建築論に新紀元が到来するかもしれません。「夜に蛍光灯をつけて部屋を明るくして、テレビを見ながら神経を興奮させておくなんて愚の骨頂」と難じながら、人間の生命力や健康性に大きな影響力を与える住まいのあり方を考える「月の建築」、それは私たちの生活領域の大いなる変革を予感させてくれるのです(未完)。


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