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月と季節の暦
志賀勝から一言
(2009年7月26日)

「日と月。出会う屋久島――シリーズ列島巡礼・屋久島編」

待ちに待った水無月朔(さく)の皆既日蝕が過ぎていきました。

列島巡礼・屋久島編 記念写真
以下、各写真はクリックすると拡大します
鹿児島市と屋久島への長旅を終えて帰ってきたばかりですが、昨日はまた隅田川の花火があり、オフィスの真ん前で打ち上げられるこのイヴェントを楽しみに人が大勢集まりました。その受け入れ準備や片付けに追われたもので、皆既日蝕行の第一報はごく簡単に綴ることにします。

月を目印にして文化を、と活動してきた私たちですが、南島において西暦7月22日発生する皆既日蝕は普段見られない新月が黒い満月として出現する千載一遇の日。画期的なこのチャンスを「文化」として取り組もうと準備し、皆既帯に入る屋久島での島民の方々との交流を目的として〈月〉の会はじまって以来の四泊五日の長旅に発ちました。

10時46分
(22日10時46分)
10時49分
(22日10時49分)
10時55分
(22日10時55分)
11時05分
(22日11時05分)
11時12分
(22日11時12分)
(5点撮影・柳瀬桐人、
下風景1点も)
皆既日蝕そのものは実見することはできず、ダイヤモンドリングもコロナもプロミネンスも残念ながら機会を逃し(南島では皆既を捉えたとのは喜界島だけとのこと)部分的に太陽を侵食する黒い新月しか体験することはできませんでしたが、島の方々との交流、そして屋久島一周の島巡りは、屋久島の自然と人びとの歴史について強烈な印象を残しました。

7月19日。夜、鹿児島市入り。県立短期大の西村さん、県職員の道免さん、閏さん(月暦にふさわしい苗字の方です)らご縁の方々と交流会。

7月20日。朝早く発ち、7時間をかけてフェリーで種子島経由屋久島入り。7月22日の帰りも4時間かけての船旅でしたが、長時間の船旅はスローな時間が流れる素晴らしさを満喫させてくれました。桜島や開聞岳、たくさんの島影、イルカの乱舞やトビウオの飛ぶ海原……。20日夜、島民と私たち40名の交流会。旅のアレンジに奔走してくれた川崎さん(もともとは暦のご縁の方でしたが、以前暦の取材のため屋久島に行った折お世話いただいたことがあり、今回は中心になって煩雑なアレンジに奔走してくださった方)、渡辺さん(塩作りをなさっています)はじめ、「山ん学校21」の方々が私たちを温かく迎えてくださり、有益な話を聞くことができました。「山ん学校21」の長井さんからは月暦に基づく島の歳時の報告があり、「二十三夜」の催しがまだ活発に残っている事情などを知りました。

写真家の山下大明さんは、以前「月と季節の暦」に写真を掲載した縁ある方ですが、おとなしい語りの中に信念を横溢させで私たちに語りかけてくれ、写真をスライドで見せてくれました。屋久島の方々は、樹木のように根を生やした生活と人間としての熱い立脚点をもって私たちに対峙してくれたのでした。

7月21日。島の方々の案内で山に入り、弥生杉、千尋の滝、大川の滝、ウミガメの産卵海岸などを見ながら島を一周、100キロ。

7月22日。皆既日蝕観望のため、益救(やく)神社に陣取る。皆既状態に近づくと、息を潜めて森閑 瞬きするごとに辺りが暗くなっていく。温度が下がり、生き物が息を潜めるようにじっとしている気配が感じられる。雲が多く、皆既に入ったときは晴天時以上に暗くなり、目が利かなくなる。益救神社境内は森閑とし、太古来の人びとを畏れさせてきた日蝕の異様な雰囲気が私を畏れさせる……。

桜島から昇る朝日
同日夜。鹿児島市に再び入り、二回目の交流会。今度の交流会は月の大好きな奄美出身のママさんが経営する奄美料理店で行なわれました。食材、調理に丹精込めた奄美料理とお酒を楽しみながら、今回の旅の有終の美を思ったものでした。

「南日本新聞」号外
夜遅く宿舎に入ったら「南日本新聞」発行の号外がありました。「奄美に黒い太陽」と大文字が踊り、黒い太陽ならぬ黒い新月と隠れた太陽の大写真が紙面の半ばほど。黒い太陽と表現してしまっては、月と太陽が同じ大きさに重なって会合する皆既日蝕の真の醍醐味を半減させるだろうにと苦笑したものでした。望遠鏡で皆既日蝕を見ると月のクレーターをキャッチできるといいますが、そういう事実も知らないのでしょう。偏頗な太陽中心主義も困ったものです。

旅に同行した方々に印象記を求めました。四人の方々のレポートが早速に届きました。届いた順に掲載します(クリック)。

大掛かりな〈月〉の会の旅はこれで何回目になるでしょうか。私たちは旅する会。私たちの旅はこれからも続いていきます……。(了)


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