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志賀 勝
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月と季節の暦

志賀勝から一言
(2017年9月16日 月暦七月二十六日)
(10月12日に新聞記事・長滝の写真を追加)

この秋の〈月〉の会の活動を報じた地域新聞

2017年9月6日付山梨日日新聞
2017年9月23日付岐阜新聞
本来の七夕行事について報道した
9月6日付山梨日日新聞。
丁寧な取材、丁寧な記事でした
(画像はクリックすると拡大  
  します。以下、当ページ同)

歴史的な盆踊りを報じた
9月23日付岐阜新聞。
残念ながら、月暦
(七月十三、十四日)による
盆踊り復活という催しの
勘所がはいっていません

2017年9月27日付信濃毎日新聞
仲秋の満月(10月5日)、
佐久市望月での催しを告知
する9月27日付信濃毎日
新聞。電話取材なので、
ずさんなところがある記事

郡上で起きたこと

「しらやまの旅」チラシ

「しらやまの旅」チラシ

 西暦の9月3日は月暦の七月十三日。つまり盆の入りの日でした。この日と翌十四夜、郡上市の石徹白(いとしろ)地区にある白山中居神社、白鳥地区にある白山長滝神社で白山(シラヤマ)信仰を背景とした「拝殿おどり」「場所おどり」をはじめとする盆の踊りの奉納がにぎやかに挙行されました。一日たったばかりでワンシーンワンシーンが去来して呆けている状態で、まして言葉にすると多くのことが抜け落ちてしまうのですが、岐阜県郡上市で行なわれた伝統的日取りによる盆おどり復活の快挙につき、取り急ぎ一、二のことを全国の皆さんにお伝えしたく綴っている次第です。

 踊りの輪が両日ともさやかに照る月の輪の下行われたのはほんとうに幸いでした。「拝殿おどり」は「ヤレそろりとヨ 輪をつくれ そろりやそろりと 輪をつくれ / ヤレお月のヨ 輪のなりに 天のお月の 輪のなりに」と歌いだされますが、本当にこの光景が現前したのです。中居神社では前田真哉さんが月の下での盆おどりの意義を強調しました。途中から外光が消され月明かりだけの踊りの輪になったときは、心底心が震えました。天地をつなぐ心柱、太柱がずしり立ち上がった思いでした。長滝神社においても若宮宮司が「旧暦七月十四日」に行事が行われる意義を強調しました。再生思想であるシラヤマ信仰が月夜に再生し、歴史が新たに始まった思いでした。踊りの輪に加わりながら、月が踊り人を照らし、輝かせてくれるよう切に祈っていました。

踊りの輪は何時間もつづく
踊りの輪を見守る月=左上
白山中居神社にて。終始、十三夜の月が木陰越しに踊りの輪を照らしていた

踊りの輪は何時間もつづく
長滝神社その2
月暦七月十四日、長滝神社での、意義深い踊りの様子

こういう光景を見たいがために十五年の活動があったのだと心から得心しました。範例を得たことになります。石徹白、白鳥をはじめたくさんの郡上の踊り手の皆さん、本当にありがとうございました。前田真哉さん、長滝神社の若宮宮司はじめ、催し実現のため尽力なさった方々に心から敬意を表します。歳時がどうあったらいいか、志と人の輪が築かれて一つの範例が創造されたのだと思いました。郡上の今後においても、全国津々浦々で地域づくりに苦闘している土地においても、かならずや参考となるべきものです。

シンクロする

穂盛 文子

白山開山1300年記念企画の「白山奉納拝殿おどり ─拝殿踊りのルーツ、“神おろし”としての白山賛歌─」と称した歴史的催しが、月暦七月十三夜と待宵のお月様の元、二夜に渡り厳かに執り行われました。美濃白山講の方々の、深く熱い想いの結晶です。

私は2004年の七月十五夜に「月の高野山」で初めてお月様の魅力の虜になりました。志賀さんのお話の中のお月様は実に魅力的で私を広い宇宙へ一瞬のうちに引き戻し、現代を生きる私達を俯瞰する視点を与えてくれました。あれから13年、文化・歴史・天文・科学・芸術・自然etc.学生時代には学ぶ事のできなかった“本当のこと”を学ばせてもらいました。そして、“月的巡礼2017「しらやまは 千三百年の 盆の月 ─伝統的お盆復活を祝う─」”を今終えて、志賀さんがこの13年間あらゆる機会に私たちに投げかけてきたのはなんだったのかを、初めて我が事として理解することができたのです。白山中居神社の境内で、十三夜の月の光の下、多くの人々の前に立つ前田さんの凛とした姿を見た瞬間でした。それは「人間としての本物の生き方を取り戻そう!」という唯一つのことであり、今ここに美濃白山講の方々がそれを成し、実体として見せてくれている、本当の意味で気付いたのはその時でした。

前田真哉さんは2006年、当時民族文化映画研究所に所属していた〈月〉の会の仲間が引き合わせてくれました。「いずれは郡上市白鳥に帰り、地に足の着いた生き方をしたいと思っている」と話されていた言葉の通り、2008年には私たち東京からの総勢43名を現地で迎えてくださり、岐阜・美濃・郡上八幡と川を遡る「長良川の旅」が実現しました。そしてその数ヶ月後に現地の若い方達と〈月〉の会・長良川を結成したのです。

「古来、月の暦で営まれてきた伝統文化を、水(=月)神のしらやまの地で是非復活させてください。そのために私たち都会人が少しでも役に立てることがあるなら、万難排して必ず駆けつけますよ。それが〈月〉の会の役目なんですから。」と、ことあるごとに志賀さんは前田さんに発信し続けてきました。地元に戻られた前田さんは、古老から移住してきた若者達まで一人一人に、西暦ではなく月の暦で歳事を行うことの意味を説き、それを実現するに至るまでにどれほどのエネルギーを注がれたことでしょうか……。

今各地に〈月〉の会が生まれ、様々な活動が始まっています。そんな中、今回の〈月〉の会・長良川(美濃白山講)の方達の悠然とした姿は、「諦めずに信じて求め続けて行けば必ず実現できる」という、確かな指針を与えてくれました。今、黄金律の不思議さ・美しさに魅せられている私の目には、この13年が美しい螺旋に見えています。盆踊りの輪のように一回りした私は同じ地点に戻ったのではなく、次の段の舞台に立ち、また新しい一歩がここから始まるのだと予感しています。

私達一人一人の力は微力かも分かりません。でも同じ方向を目指して信じ合える仲間達が輪になって踊り出した時、そこには計り知れないエネルギーが生まれ、それは美しい螺旋になって上昇していくのだと実感しています。

今日から始まる新たな一周を踊り終える時は、私の知りたい黄金比 1.618…… の秘密が理解できる瞬間なのかも分かりません。
七月十七夜(2017年9月7日)
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